そこにいるということ


子どもたちの発表会。
きちんと弾けるかソワソワ。
みんな無事に終わり、ホッ。
子どもたちが一所懸命演奏する姿は、
いつ見てもジーンとする。
これからも楽しみながら
楽器と親しんでいけるとよいな。

発表会に限らず、最近は人前で

演奏すると、撮影されることがある。
撮影したくなるお気持ちもわかる。。。
ううむ。

でも、演奏している目の前に
沢山の携帯が並ぶと、
なんだかとっても悲しくなるんだよなぁ。。
純粋に聞いてほしいと感じてしまうのは
間違っているだろうか。ううむ。

悶々。

こういうことは、演奏に限らず
他の場面でも同じかなしみがありそう。
今は手軽に携帯で何でも撮影して、
誰でも発信できてしまう時代。
そのよさももちろんあるし、
それで失っていることもあるように感じる。
自戒もこめて。。

電車に乗っていると、ほぼ全員の大人が
携帯を見ている。こどもが、みてパパ
空がすごく綺麗だよと、話してて
私もハッと顔をあげたことがある。

人と人がそこにいると、
空気ができ、場が生まれる。

たとえ何も話さなくても
必ずなにかを発して
なにかをうけとっている。

今日の言葉*

ぼくが ここに いるとき
ほかの どんなものも
ぼくに かさなって
ここに いることは できない

もしも ゾウが ここに いるならば
そのゾウだけ

マメが いるならば
その一つぶの マメだけしか
ここに いることは できない

ああ このちきゅうの うえでは
こんなに だいじに
まもられているのだ
どんなものが どんなところに
いるときにも
その「いること」こそが
なににも まして
すばらしいこと として

まどみちお「ぼくが ここに」


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