夜という場所

朝から晩まで動いて帰宅し、
バタンキューと寝てしまった。
そして丑三つ時にふと目が覚める。

夜。
わたしはいま、夜にいる。
生き物や町が、しいんと静まり返る時間、夜という場所が小さいころから
すごく好きだった。薄暗がりの闇の中で、なぜか守られているようで、安心した。

眠れなくなって、そのまま起きていた。お皿を洗う。この作業も好きだ。きっと水の音と感触が好きなのだとおもう。きれいに磨かれたお皿や包丁は、誇らしげに林立し、そして眠りにつく。キッチン周りを、古布で丁寧に拭く。途端に、まわりの空気が澄んで、パァと明るくなる。夜の掃除は悪くない。

溜まっていた事務作業をする。少し片付き、しばらくぼうっとする。冷蔵庫はブーンという音を立てている。風が窓を揺らしカタカタと鳴る。

夜。
わたしは今、夜にいる。
追われるように過ぎていく時間の
なかで、そこはまるで凪のように止まっている。その停泊中の船の上で、わたしは、目を閉じる。日中、さまざまな事象のなかでかき混ぜられた自分のなかのズレのようなものが、ギギギと修正され戻っていくのを感じる。

窓の外は明るかった。
美しい水色の空に、刷毛で描いたような白い雲が朝を知らせた。夜という場所はもうなくなっていた。生まれたての時間が動き出していた。

今日の言葉*
「働かされることは辛いが、働いていることは楽しい。だから働かされているつもりにならないで、自発的に動くことが肝腎である。冷たい水でも、浴びせられれば風邪をひくが、自発的に浴びれば風邪をひかない。めしでも食えなければ餓死するが、食わなければ断食して、丈夫になる。」

野口晴哉


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