自己受容

上の子が先日5歳になった。梅が綻ぶころになると、いつ生まれるのか早く生まれてこい・・・と、お腹をさすりながら、歩いていたこと。帝王切開になり、不安で怖くて泣きそうだったけれど、産声の力強さに、えも言われぬ深い感動をおぼえ、号泣したこと。やっと歩けるようになって、病院の一階のコンビニにでかけ、すこし外に出てみたら、とても寒い風が吹いていたこと。今でもひとつひとつが、鮮明に記憶されている。

5歳おめでとう涙。あっという間に大きくなって。生まれてから、5年も経てば、身の回りのことは自分でできるだし、オセロだってUNOだって、できてしまうなんて、想像していなかった。かあさんの心が付いてゆきませぬぞ。

3歳までは、精一杯で無我夢中の毎日だった。何しろ私がお世話をしないと、目の前のこの新しい人間は死んでしまうのだから・・・。不器用な私ははじめてのことばかりで、アワアワする毎日だった。ママをしている友人からよく聞く「ママにしてくれてありがとう」という言葉は、わたしの中には見つからなかった。「私の前に現れてくれてありがとう。あなたがいてくれて、本当に嬉しい、ありがとう」という気持ちはいつもあふれていたが、ママになったという実感はなかった。必死すぎたのだろう。寝不足すぎたのだろう。赤ちゃんを中心に回る時間や空間のなかで、「自分」を見失っていったのだろう。

「わたしってどんな人間だっけ?」と、いつもどこかで感じていた。

そんななか、ヴァイオリンを弾くと、音楽にふれると、「わたし」という人間が内側から息を吹き返し、取り戻される感覚があった。音にふれて、自分のなかの瑞々しいものにふれられた。音楽を続けてきてよかった、音楽ってなんて素晴らしいのだろうと、泣きそうになった。

そんな毎日が過ぎてゆき、娘が3歳を超えるころ、もしかして、私は今「ママ」になってきつつあるかもしれないという実感が内側からじわじわ感じてきたのだ。
娘、3歳。ママとして3歳。「3歳までは神の子」というけれど、それまでぼんやりしていた自他の境界がしっかりしてくるころだ。

「ママ、ママ!聞いてる?ママ、ママ!あのね!」
1日何度も何度もママと呼ばれる。

何度も呼ばれるうちに、3年もしたら、なんとか、ママになってきた。それは「新しい自分」との出会いとも言えた。考えてみると、自分はひとりではなく、自分のなかには、いろんな自分がいる。ヴァイオリンを弾く自分、料理をする自分、夫の隣にいる自分。いろんな自分のなかに、「母である自分」が新しくできた。はじめは、戸惑っていたけれど、新しい自分が立ち上がっていくのをだんだん楽しめるようになってきた。

「ママにしてくれてありがとう」

はじめてそう思えた。

はじめてママである自分を受容できたのかもしれない

娘は、生まれたときから、なんだかしっかりした顔つきで、顔をスリスリしたりするのもあまり好まぬ、はじめから意思の「人間」だった。息子は、生まれたときから、ずっとニコニコしていて(生まれた直後はなんと父の腕のなかでスヤスヤ寝ていた…)、愛されキャラで、3歳になる今も、話してじゃれる子犬のような子だ。

女の子と男の子でこうも違うのかと、驚きを隠せない。上の子はなんでも我慢しがちというけれど、下の子にママを占領されて「ずるい」と泣く姿もよくある。ごめんね。。

やさしくて、感情が深くて、意思が強く、負けず嫌いで、頑張り屋さん。でも一旦、ネガティヴになると、なかなかその沼から上がってこれず、「どうせ私はダメなんだ。私が悪い」と、自分を否定する。「ま、いっか〜」と、嫌なことがあっても、すぐに方向転換してニコニコする弟とは随分ちがう。気分の浮き沈みがある。

娘のこのネガティヴな感情にどう付き合ったら(反応したら)よいのかわからなくて、戸惑うことが多かった。幼児期は、人間の土台が築かれる大切な時期。これから成長していき、大人になっても自分のことをどうか見捨てないで、卑下しないで、つよくしなやかに生きていってほしい。そう願うけれど、なかなか対応が難しい。それでこの動画を見た↓ 大変勉強になった。

今日の音楽*

(これを、おなかをさすりながらよく聞いて、泣いていたな。こんな風にやさしく心に入ってくる演奏がしたい)

今日の言葉*

「親は子の鏡」

けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる


とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる


不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる


「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる

子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる


親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう

励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない

誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる
分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ
やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、やさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる

(ドロシー・ロー・ノルト)


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