ひとりであること

コンサートに行こうとして
行けなくて帰ってきた話
なのだけど笑、、
大切なことを思い出せました。

・・・・・・・・・・・・・・

「ひとりであること」

どうしても聞きたい
コンサートがあった。
湯浅譲二さんの作品展。

いつものように、
三才と五才のエネルギーに
負けそうになりながら、
夕ごはんを作り置いて、
家を飛び出た。

少し遅れてしまいそうだけど、
一曲目は聞けなそうだけど、
まだ間に合う。

駅に急ぐ私と同じで、
黒い雲が足早に空を駆けていた。
遠くで雷が鳴っていた。

悪い癖で、すぐに携帯電話で
「天気情報」を見ようとする。
「情報」は何よりも、すぐそこに
空にあるのに。風にあるのに。

私は足を早めた。
「危ない」より、
「行きたい、聞きたい」が勝った。
こどもから離れて
その時にしか聞けない音楽を
どうしても聞きたかった。

ひとりになりたかった。

地下鉄を乗り継ぐ。
乗り継ぎは外だった。
まだ雨は降っていない。
黒い雲が追いかけてくる。

わたしは急いだ。

二つ目の地下鉄で、異変があった。
待てど暮らせど、電車が来ない。
あと何駅かなのに、動けなくなった。

もうコンサートは始まっている。
地下鉄のホームでは、アナウンスが続く。

「雷の影響で、信号のトラブルがあり
電車が大幅に遅れております。
ご迷惑をおかけしております。
しばらくお待ちください。」

わたしの頭の中では、
シーンとしたホールの中で、
音が弾けて、躍る姿が見えていた。

一刻も早く、そこに行きたいのに。

ホールの最寄駅になんとか
たどり着いた。開演からもう30分も
経過してしまった。どっと人が、
溢れかえる。駅の雰囲気が馴染めない。どっと疲れが押し寄せた。

「もうあきらめなさい」

そう誰かに言われた気がした。
仕方なくわたしは踵を返した。

地上に出ると
とんでもない土砂降りになっていた。
お気に入りの青いズボンが
ビショビショに濡れた。
雷鳴がすぐそこで響き、
自分のところに落ちないかと、
少し不安になった。

でも、昔から、雷は大好きだった。
途轍もないエネルギーを感じる。
ヴィヴァルディ「夏」の嵐が
頭の中で激しく鳴り響く。
自分の中の、生き物としての
本能にパチンとスイッチが入り、
疼いて、動く。

「よいぞ!もっと鳴り響け!」

不安がありつつも、
少し愉快な気持ちにもなって、
淡々と歩いた。
さっき通った道とは別を歩いた。

少しカフェで雨宿りしてから
帰ろう。考えてみると、
自分の夕ごはんも食べて
いなかったではないか。
携帯電話で調べた「カフェ情報」で
目星をつけたカフェに、
淡々と歩いた。

たどり着いた。
しかし、どこをどう見ても、
カフェがない。
カフェだったらしい場所には、
ハーブのお店があり、
尚且つ閉まっている。

本当についてないな、今日は。

何をやってもうまくいかないとき
「女時(めどき)」というのだったなと
本で読んだことを思い出した。

まさにいまは「女時」だ。

女時では、自分でなんとか
しようとせず、そういう時なのだ
と、あきらめるのが肝心とも
書いてあった。

わたしのなかの
「あきらめ」が深まった。

淡々と歩きながら、
あきらめるとは、
「明らかに見る」ということだ
と読んだのも思い出した。

そんなことを思い出しながら、
黙々と歩いていたら、
町の情報を「見に行く」のではなく、
町の景色がふと自分に
「入ってくる」のを感じた。

能動システムと
受動システムが、
からだの中にあるとしたら、
ゆるゆると、受動システムに
切り替わったのを感じた。

不思議な感覚だ。

演奏していても、
よい状態は、本当は、
受動システムのときだ。

取りに行く「情報」は
閉じていて、狭く、
入ってくる「情報」は、
開いていて、広い。

ミルクティーに入れられる
角砂糖のように、
自分が、景色の中に、
ゆるゆると、とけていくのを
まざまざと感じた。

さっきまで身体を龍のように
走っていた焦りや感情が
スルスルと空に抜けてゆくようだった。

そうしていると、
あぁ、わたしは今「ひとりである」と
ありありと感じられた。

恋人もいなく、
家族もいなく、
だれもとなりにいず、
ただひとりで、
町を歩いていたときの
自分を思い出した。

自由であり、ひとりであった。

恋人がいても、いなくても、
家族がいても、いなくても、
みんな人間は、元から
ひとりなんだ、
いつもここからはじまるんだ、
わたしは、これなんだと、
景色のなかにいて、感じた。

言いようのない懐かしさが
わたしを包んだ。

それは、生きてゆく上でも、
芸術をする上でも、
人と何かをする上でも、
ものすごく大切で
素朴で、根源的なものだと
思い出した。

ただ、そこにあること。
ひとりであること。

コンサートに行こうとして
ずぶ濡れになって
大切なことを思い出せた。

静かに感動して
ふと目を向けた
築地の本願寺が
インドのお寺に見えた。笑。

聞けなかったのは残念だったけれど、
結果的には、
大切なことを思い出せた。

そういえば、国立博物館の
内藤礼の展示がすばらしいと
聞いた。見に行かねばならない。

おそらく、それは、
ひとりで行くべき所。
ひとりで行った方がよさそうな所。
ふたりで行っても、ひとりに
なれそうな所。
ひとりでいられるふたりなら、
よさそうな場所。

今日の音楽*

今日の言葉*

ひとを
簡単に
分かったなどと
言ってはいけない

誰もが
ほかの人には
言えない
悲しみを

こころの奥に
ひそませて
今日を
生きている

自分を
簡単に
分かっていると
思い込んでもいけない

誰もが
自分ですら
気がつかない 
痛みを

こころの奥底に
抱きながら 
今日も
生きている

(若松英輔)

◆これからの音語り◆

◆おはなしコンサート「音語り」

〜ヴァイオリニスト 加藤えりなさんをお迎えして〜 vol.2 

2024.9/7(土) 本駒込 今井館

こども向け 11:00-12:00

おとな向け 14:30-16:30


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