10/8,9 14:00
「コシ・ファン・トゥッテ」
https://www.geidai.ac.jp/container/sogakudo/114514.html
有料ですが、オンライン配信もあるそうです☆
久しぶりにオペラ。やっぱり楽しい。オケピットに座っていると、心がぬくぬくして、妙に落ち着く。私は、この暗がり、このオケピットが大好きだったなと思い出す。客電が落ち、指揮者がドヤドヤと入ってくる。拍手を浴びて、クルッと向き直り、一瞬の静寂。序曲がはじまり、オペラがはじまる。オペラには必ず序曲があり、序曲には、物語の要素が散りばめられている。幕が上がる前、暗がりのなかで、日常から物語の世界へ、人々がシフトしていく。これからはじまる物語への想像が広がり、ワクワクする。特にモーツァルトのワクワクドキドキ感は物凄い。いきなり皆がユニゾンで始まる「フィガロの結婚」の序曲もビックリドッキリワクワクだが、「コシファントゥッテ」も素晴らしい。本編でも、其処彼処にモーツァルトの天才ぶりが発揮されていて、弾きながら毎回感嘆する。何の苦もなく、スラスラと書いている、寧ろどんどん書けてしまうのが弾いていて伝わってくる。
天の申し子で、明らかに天界からダウンロードしている。漫画家の森薫さんが、「描きたい作品はココにたくさんあるのですが、手が追いつかないんですよね。一生で描きたいものを全て描けるかなぁ。USBでつなげて描いてる感じ」と頭を指差して言っていたのを思い出す。万人にとっては、書けない苦しみ、やっと書けた喜びみたいなものがあるが、天才にはスラスラ書けてしまうしんどさもあったのだろうか。それとも、ひたすら書き続けて夭折したのだろうか。モーツァルトは、美しさと醜さ、喜びとかなしみ、気品と野卑が常に同居していて、それこそが魅力だと感じる。晴れてるのに雨が降っている、笑っているのに泣いているような音楽なのだ。
奥さんが誠実かを見極めるため、戦争に行ったことにして、変装し、お互いの奥さんを口説く…という、水曜日の午後にテレビでもやっていなそうな、お気楽どたばたラブコメディ?(正確にはオペラ・ブッファ)なのに、音楽が美しすぎる。メロディーが良すぎる。そのギャップがまたいい。弾いていると、モーツァルトがニヤニヤしているのが、浮かんでくる。モーツァルト自身が一番楽しんでいたのではないか。よく思うけど、今モーツァルトが生きていたら、YouTubeでどんどん新曲更新していただろうな。
しかしそれにしても、どたばたラブコメのくせに、長め。実に三時間半!よく引っ張るものだ。特に一幕も二幕も、終曲は、はぁ、、、と楽器をおろすタイミングがほとんどなくて弾き通しで、純粋に、腕を上げ続けるのが本気でしんどくなってくる。わたくしのこの腕をどなたか吊り上げてくださいまし、もしくは、晩年のギトリスが愛用していた「肘置き(ネック置きか??)」を、そっとわたくしの横に置いてくたさいと、心の中で叫ぶ。それでも、続けるうちに、だんだん平気になってきたり。何の筋トレか。鍛えられるぅ。
ドイツで仕事していたころ、この演目が終わったあとに、同僚が私に言ったことが忘れられない。「疲れたねー。しかしほんと当時はこんな下らないオペラをこんなに長く楽しんでいたなんて、みんな暇だったんだね!あははは」確かに。しかし私は思う。「暇である」とは、人間が生きる上で重要ではないか。現代人は皆、忙しすぎなのではないか。それは誰かから搾取されている時間なのではないか。暇はもっと作れるのではないか。暇だからこそ、芸術が生まれるのではないか。もっと、暇であろう。
色々思い出す。ドイツでこの演目をやったとき、私はリハーサルなし、ぶっつけ本番だった。公演後、緊張と疲労で、もぬけの殻になったのを覚えている。冗談みたいな話だが、ドイツの歌劇場では過激なる日常なのだ。つまり、オーケストラの皆さんにとって、何十年も演奏してきているレパートリーを、新参者のためにリハーサルする暇はない。考えてみれば当たり前のことだが、オペラをやってきていない者にとっては、かなりハードである。しかも!毎日違う演目が次々と進んでゆく。今日は魔笛、明日はボエーム、明後日は神々の黄昏、、、と言った風に、日替わり定食ならぬ、日替わりオペラなのだ。お隣、フランスは、どうも違うシステムのようで、一つの演目を2週間くらい?続けて公演するようだ。結果的に私はこのハードなドイツ歌劇場スタイルで鍛えられたし、とても楽しかったし、好きだった。当時は、YouTubeも、ペトルッチもない。今は便利になったもんだ。あの時は、山のような楽譜を譜読みして本番してゆくだけで、ゼーゼーハーハー、精一杯。
「ボエーム」は幸運にもリハーサルがあったが、私が初めてだと知ると、出だしが始まる前から、隣のおじさんが、ニヤニヤ。それもそのはず。風のように瞬く間に流れてゆく音楽!指揮棒が振り下ろされてから、目をパチパチしているうちに1ページ終わって、私は笑うおじさんを見ながらページを捲った。一番辛かったのは、シュトラウスの「サロメ」。ゲネプロ一回で本番だった。今思うと笑える。弾けるわけがない。でも、苦手だったシュトラウスは、オペラを弾いてから大好きになった。そんな日々が続いたが、それでも3~4年すると、大体のレパートリーが回り、余裕も出てきた。毎日顔を合わせる同僚とは、家族か親戚のようだった。国籍も、ドイツだけでなく、ハンガリー、ポーランド、ウクライナなど、様々、年代も様々で、ああいう職場に身を置けたのは、大変貴重な体験だった。ドイツではほぼタダで勉強させていただいたし(当時は外国人も学費無料だった。払ったのは設備費くらい)、感謝しかない。私の第二の故郷。いつか、家族と来訪したいものだ。懐かしや、ドイツ。ありがとう、ドイツ。オペラ、大好き。
今日の音楽*