日々が過ぎてゆく。
いとおしい君たちと。いとおしいわたし自身と。
いとおしい光と。いとおしい影と。
「走りたい」と君が言う。
幼子は、どこかへ行くためではなく
走るために走る。
ただ、走る。身体をめいいっぱい使って。
生きるのも、ほんとうは、
えらくなるためでもなく、
お金のためでもなく、
ただ、生きるために生きるのかもしれない。
君が走って、教えてくれる。
ただ、生きる。
花も、葉も、石も、光も。
ただ、そこに生きている。
君も、君たちも。こどもたちも。
あぁ、なんで、大人たちは、
生き急ぐのだろう。
なんで、陽だまりに気づかないのだろう。
青い空の広がりを忘れるのだろう。
葉にたまるひと雫に目をこらさないのだろう。
遠くの国で、大人たちが戦争をしているらしい。
爆弾が落ちて、兄弟は、抱き合って、
生きて救出されていた。
でも、男の子の目は、ギラギラと開ききり、
埃まみれの頬には、泣いて泣いて泣いた
涙のあとがついていた。お兄ちゃんに
必死にしがみついていた。
男の子から奪った自由をかえせ。
男の子から奪った光をかえせ。
男の子から奪った温みをかえせ。
男の子から奪ったやさしさをかえせ。
ニュースを見ると、
心も体も凍りつく。
何も手をつけられなくなる。
生活ができなくなる。
仕方がなく、目を逸らす。
でも、目を逸らしていいことではないと、
自分のどこかがわかっている。
いくら蓋をしても、ずっと痛みが疼いている。
かなしい。
かなしい。
かなしい。
かなしい。
かなしい。
かなしみが、
心の底にずんずんと
沈殿していく。
何もできずに、底に
うずくまる。
そして、坊やの手をとる。
姉やを抱きしめる。
温みを抱きしめる。
いのちを抱きしめる。
いとおしい。
遠い国の埃まみれの男の子も
抱きしめることができたら。
涙を拭いてあげられたら。
頭を撫でてあげられたら。
自分の顔を見る。
まじまじと見る。
ずいぶんとしをとってきた。
わたしは、生きているか?
いのちは、生きているか?
いのちを、生きているか?
ただ、生きているか?
今日の言葉*
「生きる」
谷川俊太郎
生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと
生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと
生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ
生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと
生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ