
娘が自転車に乗れるようになった。
たくさんふたりで練習した。
なかなかうまくいかず、
「もういいよ」と、
不貞腐れて帰ることもあった。
「悔しいよね、でもいつか
絶対乗れるよ!大丈夫!」
励まして、転けないように
押さえながら、何度も走った。
「よし、3秒離してみるよ…
1,2,3…!」
3秒だけでも、ひとりで
乗れた実感が、自信になった。
「わぁ!」
娘の顔が輝いた。
3秒が5秒になり、
あるとき、わたしは
そのまま手を離した。
スーッとひとりで進んでいった。
小舟を、湖に押したような
感覚だった。舟出を見送った。
その嬉しそうな背中を見て、
泣きそうになった。
はじめて歩いたのも
この公園だったな。
ピカピカの
ファーストシューズで
ヨチヨチ歩く姿が
たまらなく可愛かったな。
歩くようになって
走るようになって
自転車も乗れるようになって。
すごいねぇ
すごいねぇ
どんどん手を離れてゆくんだねぇ。
どんどん遠くに行けるようになるんだねぇ。
こわくなったらいつでも
戻っておいて。
ぎゅっと抱きしめるから。
娘はもう七才になる。
すっかりお転婆な小学生。
小学校に入って、
パーッと手から離れていった。
歩いていると、
「おーい!」と同じクラスの
男の子や女の子から
声がかかる。
しっかりコミュニティのなかで
生きているんだなぁ。
あなたらしく
キラキラと
毎日楽しく
生きていってね。
生まれてきてくれて
ありがとう。
お誕生日おめでとう。
今日の詩*
「神様が大地と水と太陽をくれた
大地と水と太陽がりんごの木をくれた
りんごの木が真っ赤なりんごの実をくれた
そのりんごをあなたが私にくれた
やわらかいふたつのてのひらに包んで
まるで世界の初まりのような
朝の光といっしょに
何ひとつ言葉はなくとも
あなたは私に今日をくれた
失われることのない時をくれた
りんごを実らせた人々のほほえみと歌をくれた
もしかすると悲しみも
私たちの上にひろがる青空にひそむ
あのあてどないものに逆らって
そうしてあなたは自分でも気づかずに
あなたの魂のいちばんおいしいところを
私にくれた」
谷川俊太郎