【レポ】音語り 村上淳一郎さんをお迎えしてvol.6

音語り 〜村上淳一郎さんをお迎えして〜vol.6 」公開リハーサル4日を含め、熱き5日間、おかげさまで盛況のうちに終演いたしました。ありがとうございました!ご来場下さった皆さま、この企画に関わってくださった全ての皆さまに、心より御礼申し上げます。

何の後ろ盾もなく、ひとりで細々と運営しているので、集客をはじめ、きちんと会が形になるか、最後までヒヤヒヤドキドキしましたが、100名を超える方々が来てくださり、ホッと安堵すると共に、舞台上でも舞台裏でも、一番勉強になっているのは、自分自身だと改めて感じました。そして、受付を手伝ってくださった方々、この企画を応援してくださっているみなさま、支えてくれている家族に、感謝しかありません。

何といっても、この企画は、公開リハーサルが醍醐味であります。今回も思いの外たくさんの方が来てくださり、澤田写真館さんの素晴らしい雰囲気にも助けられて、おかげさまで、終始笑顔のある場になりました。公開リハーサルに連日通って下さった方々とは、顔馴染みになり、音楽仲間のような感覚がうまれ、舞台からもお顔が見えて、とても嬉しかったです。本番はたったの一回だけで!あっと言う間でした(当たり前笑)。

まさに、朝から晩まで音楽漬けの日々。村上さんも、「私たちはリハーサルを通じて、その曲と少しずつ仲良くなって、親しんで、よく知るようになるけれど、聞きに来る人はたった一回だけで、、どこか不公平に感じていた。このリハーサルで、ぜひ一緒にこの曲と仲良くなりましょう」と話していましたが、私もそう感じてこの公開リハーサルをはじめました。何より、村上さんと共に、作っていく音楽のプロセスが楽しくて仕方がない!まったくのはじめから、聞いている方がいて、葛藤する姿を曝け出すので、抵抗のある奏者はもちろんいると思いましたが、リハーサル全公開スタイルの方が、普通になったら良いのにとさえ思いました(極端…笑)。でもそれくらい、本当に本当に、弾き手と聞き手という境界を超えた充実した豊かな時間でした。

ステキな楽屋で事務作業をするシャチョー風のホンゴウ笑…

公開レッスンもあり、シューマンの「詩人の恋」でした。これもまた濃厚なレッスンでした。。ずっと聞いていたい!もっと学びたい!聞けば聞くほど面白い!そういう時間でした。

公開リハーサル、沢山のご感想をいただきましたが、音語りのコラボ企画「おと語り×もの語り」でもご一緒したことのある物理学者 江本伸悟さんの文章がとても面白かったので、ここで紹介いたします♪ 音語りでは、プロアマ問わず、職種問わず、様々な方が来てくださり、それがまた嬉しいことです(江本さんは、私塾「松葉舎」を主宰されています⭐️ご興味のある方はぜひ!)

階段のおどり場、リハーサル会場の斜め上数メートルくらいの近距離で見学させてもらい、奏者のからだの動きがこと細かによく見えたのだけど、どんなふうにからだを動かし音と関係をむすぶのかがひとによって千差万別でおもしろかった。

振動する弦からただ音が発せられるというのではない。奏者が楽器を弾きながらからだをスイングしたり、床をふんで足の裏からあたまの天辺にまで芯を通したりすることで、その楽器から出てくる音の全体がゆさぶられたり、ピンと屹立してきわだったりする。弦からこぼれる音の一つ一つを、まるで赤子を抱きかかえるように、やさしくやわらかく受けとめたりもする。

音というのは、あんなふうに全身でゆすぶったり、手のひらに乗せたりすることのできるものなんだな。音を聴くだけではなく、音に触れていく感覚というものが確かにそこにはあるんだということを如実に見たようだった。

音をけっして出しっぱなしにしない、ひとりぼっちにさせない。元物理学者が単純に考えてしまえば、いちど放たれた音にあとから操作をくわえることはできないし、それは生まれた瞬間に消えていくもののように思えるけれど、プロの演奏家の楽器から出てくる音はまるでしゃぼん玉のように持続的で、手から離れたあとも風をおくってそれを遠くに飛ばしたり、包みこむようにしてそれを宙にとどめたり、あるいは震わせたり膨らませたり、適当なタイミングでぱちんと弾けさせたりできるもののようだった。

そうか、音が手元にあるヴァイオリンやヴィオラから出るもの、その空洞のなかに響くものと思うところが、そもそも間違いなのかもしれない。楽器は、手元にあるものではない。ホールの全体、空間の全体が楽器なんだ。きっと。手元から発せられた音の種は、空間の隅から隅にまで反響することで持続し、成長し、そこに後からやってくる音がいくえにも重ねられて、ひとつの織物かジャングルかをなしていく。音の重なりは、ただ楽譜の縦にならんだ音符、同時刻にはじかれた音のあいだだけに生じるものではないんだ。なにか、時間をこえた共振のようなものがある。わからんけれども。

夏目漱石の弟子としても知られる科学者・寺田寅彦が、尺八や太鼓の音響の物理学的研究によって博士号を取得したことが、ふいに思い出されてくる。音楽経験のない僕には、なぜ寅彦がそこに関心を注いだのかいまいち共感できていなかったのだけれど、はじめてその気持ちが理解(あるいは誤解)できた気がする。

明日のコンサート本番もたのしみだ

さて、いよいよ8/2 コンサート本番です。

コンサート前半は、クルックハルト「葦の歌」。村上さんのレクチャーでは、レーナウの詩に、クルックハルトが、どのように「音だけ」で表現していったのかを、詳しく、音を出しながら解説。としま区民センターには巨大スクリーンがあり、楽譜を映し出すことを思いつきましたが、これが好評でした!

PC画面の切り替えもやったり、写真を撮ってツイートしたり大忙し・・・。今思えば、自分も演奏するのだから、これは誰かに任せればよかったです笑。。。

それにしても、音が、これほど物語るとは!!

狂気の混じる愛、風、雲の疾走
絶望、森の静けさ、池の上、稲妻、
月の輝き、青ざめたバラの光、死、、

当日のプログラムには書き込みありの譜例も少し載せました。

オーボエの岡北斗さんのしなやかで豊かで瑞々しい音色に、ピアノの堀部友予さんも寄り添い、支え合い、3人の素晴らしいアンサンブルでした!

「音があんなに見えたのは初めての経験でした!」と、何人もの方から言われました。本当にすごい世界。。そして音で表現しようとしたクルックハルトの手腕と執念がものすごい。恥ずかしながら、私は初めて知る作曲家でしたが、、、知ることができてよかったです。

難曲に立ち向かい2キロ痩せたという堀部さん。新日本フィルのリハーサルの合間を縫って参加してくださった岡さん。ありがとうございました!

後半は、ベートーヴェン弦楽五重奏から。ハイリゲンシュタットの遺書を書く前年の作品。ベートーヴェンが耳が聞こえなくなって、追い詰められているなか、この牧歌的要素のある曲をどのように書いたのか、想像しながら、ベートーヴェンの音楽の真髄を掴みたくて必死な5日間でした。リハーサルで何度も何度も探った出だし。そして、ベートーヴェンらしい、強い意思と共にもがきながらも駆け上がっていくようなシーン、ひたすらもがき苦しみ葛藤するシーン。色んな場面が弾きながら胸に迫ってきました。この曲も、あまり弾かれることは少ないですが、素晴らしい曲に出会えて幸せでした。

(ハイリゲンシュタットの遺書

この解説は、とても心に響きました。そう、確かに、ベートーヴェンは「再創造」しているのですよね。。弦楽五重奏にも、鳥の鳴き声のようなところが出てきました。何より、冒頭のシーンは、まるでモヤがかかったように、音と音の間にも、いろいろな音が聞こえてくるような、音の幾重にも重なる層があり、それを何度もリハーサルでもトライしました。

この音語りの初期段階から関わってくださっている大切な音楽仲間の廣海史帆さん、学生のころから知っていて、近年の成長が眩しい加藤歩さん、優しい心と陽気なキャラクターで、いつも場を笑顔にしてくれる原田友一さん。ありがとうございました!

そして、最後は、モーツァルトの協奏交響曲

この曲は、原曲のオーケストラのサウンドが皆の頭に鳴っていて、それをリセットし、弦楽六重奏曲の作品として作っていくのに少し工夫が必要でした。本番の会場は特に、舞台上ではドライなのに、客席ではよく響く環境で、pとfのコントラストをものすごくつける必要がありました。しかしそれを丁寧にやっていくと、当時貴族社会にあった宮廷のサロンのような雰囲気が出てきて、また、アンサンブルも立体感が生まれました。

ホルンやオーボエの管楽器パートも、弦楽器でどうしたら表現できるか?というのも新たな挑戦。そして、何よりソロを色々なパートで、どんどんかけもっていくのが楽しくて仕方がない。楽しくてスリリングなまさに、「音楽の会話」でした!

わたしは、右からも左からも高いところから圧倒的な美音を浴び続け(前からは深い低音)、非常に幸せで感化された5日間でした(背の低いワタクシは、リハーサルでは、厚底サンダルを買って応戦しました笑)

公開リハーサルでは、重い病を押して、何とか聞きにきてくださった方がいらっしゃいました。それもあって、二楽章は、あまりの美しさに、弾きながらポロポロ泣いてしまって。「本番でも泣いてしまったらどうしよう…」と呟くと「その涙を音に!」と皆に突っ込まれましたが、いやはや、その通りです。

でも本当にこの二楽章は涙なしには聞けない、弾けない美しさと儚さがあります。

そして、「そんな涙はウソだよーん!」と言わんばかりの快活な第3楽章。モーツァルトには、笑ってるけど泣いている、晴れているけど雨が降っている、というような、二面性が常にあり、心惹かれて止みません。本番ではどの瞬間もひたすら楽しく、主宰していて自分自身が一番学ばせていただいています。

“「音楽は言葉を超えているから語れない」という決まり文句は、ロマン派が作り出した近代イデオロギーなのだ。実際は言葉なくして音楽は体験することはできない。そして語彙や語りのロジックが増えるほど、人はよりよく聴ける。「音楽を聴く」とは「音楽の語り方を知ること」でもある。”

N.アーノンクール

村上さんが、モーツァルトのリハーサルのときに、繰り返し引用していた言葉です。モーツァルトの音楽を演奏するとき、ひとつのモチーフ(単語)を発語するとき、ひとフレーズ(文章)をするとき、いかにあれば、音が生き生きと語り出すか??ドイツ語と日本語の違いも踏まえながら、話してくださり、私たちも何度も何度も試しました。ドイツ人やイタリア人に、「ムラカミ」と発音してもらうと、「ムラカ(!)ーミ」はたまた「ムラカミ(!)」と、どうしてもどこかにアクセントが付いてしまう笑。平坦に「ムラカミ」なんだと、何度教えてもどうしてもできない笑。翻って、大抵、日本人は、最初から最後まで真面目に言いすぎる笑。平坦になり、フレーズの意味、真意が伝わらない。どこを捨てればよいのか?どこが大切なのか?できるだけ、ピュアな音色、できるだけ、シンプルでありながら、変化に富んだ語り口を、みなで研究しました。

本番は、一度きりであっという間でしたが(!)、音の会話ができたように感じました。
音楽ってこんなにも喜びに満ちていたものかと、舞台の上で、ひたすら幸せでした。この音語りを通じていつも感じるのは、音楽をするというのは、いかに生きるかということと根っこで結びついているということです。話すように弾く。音で泣いたり笑ったり。生きているからこそ、時を共にする人がいるからこそ、感じられること。感謝。

これからも「音語り」を応援していただけたら幸甚です!

◆◆これからの音語り◆◆

音語り✖️舞語り vol.2 オリエンタルダンス編「夏」

2023.9/30 (土)@澤田写真館

◆音語り ~ヴィオラ奏者 村上淳一郎さんをお迎えして vol.7~

2023.12.28(木) @旧奏楽堂(上野)

◆音語り公開リハーサル(12/28のための)

2023.12.25-27 @北とぴあ スカイホール&カナリアホール

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