子どもの時はこういうのが宝ものだったな。子どもって何であんなに元気なんだろう。大人って何でこんなに疲れるんだろう。
小さい子どもが駆けている姿はとても美しい。駆けることそのものになっている。演奏でも、音そのものになれているときは、無我で、ある意味、空洞のような感覚になる。
村上さんが、公開レッスンのときに「他人の目を気にしたり、他人と比較したり…みなが陥りやすいこと。でも結局それでは、自分を守るためや、自分を表現するために音楽を利用してしまっている。音楽を表現するために最大限に自分を活用するというのが、本来の姿。」と話していたのを思い出す。その音がどう動きたいかをどこまで感じられるか?五感をフルに使って。
音そのものになってしまうくらい。
どんぐりを夢中で探していたあのころは、普通にできていたことなのかもなとも、ふと思う。
今日の言葉*
自分の苦しさに負けないこと、自分の苦しさに甘えないこと、自分の苦しさに酔わないことが、自己中心的でないということである。
加藤諦三