喫茶店で本を読んでいたら、
若い女性二人がなにやら
親密に語り合っているのが聞こえてきた。
若い男性が亡くなったようだ。
二人の雰囲気は、深いかなしみのなかにも
ほんのりと明るさがあって、水たまりのようだった。
時折急になにかを思い出すと、
突風が吹いたように、波紋が揺れた。
ことばを詰まらせて、二人とも涙を拭う。
肩を震わせて、静かに拭う。
それはほんとうに水面がゆらゆらと揺れているようで、
二人の周りがゆらゆらと揺れた。
隣りに座っているわたしのところにも、
その波がゆらゆらと訪れた。
しばらくわたしは、その波のなかで揺蕩った。
それからまた静かになった。
二人のなかに、その人の一部が生きていた。
その人の陽炎のようなものを感じた。
今日の言葉*
よいしょ、と小さい声で言ってみて、路のまんなかの水たまりを飛び越す。
水たまりには秋の青空が写って、白い雲がゆるやかに流れている。
水たまり、きれいだなあと思う。ほっと重荷がおりて笑いたくなり、
この小さい水たまりの在るうちは、私の芸術も拠
よりどころが在る。この水たまりを忘れずに置こう。
(太宰治「鴎」)