「明日は19度だって!」とだれかが言った。えー!とみんなで驚いた。まさかと思ったけれど、朝起きてみると、確かに空気も日差しもいつもよりほんわりやわらかい。窓を開ける。春が来たよと声が聞こえた気がした。春の兆しを感じられるこの季節に、わたしは待っている。毎日待っている。指折り数えて待っている。待ち遠しい。あなたに会えるのが。
小さい女の子と、春を探した。あ、梅が咲いてるよ。春、みーつけた!風邪から回復したその子は、久しぶりの外の空気のなかで、より一層、命そのもののような、風そのもののような存在になっていった。後ろ姿が愛おしい。つないだ手を離して軽やかにスキップをする。ダンスダンスダンス。今度はリズムそのものになる。わたしも、あんな風に、なれたならと思う。
お花を買った。淡いピンク色の花々は、やわらかな花びらだけれど、すっくと立っている。部屋に光がさす。植物のもつ光。生きものの光。
女の子は忘れものをしていった。ムーミンの背中は少しさびしげだった。夕焼けがやけにムーミンを神々しくさせ、なにかの徴のように机に置かれた。
今日の言葉*
「夜毎」
深いネムリとは
どのくらいの深さをいうのか。
仮に
心だとか、
ネムリだとか、
たましい、といつた、
未発見の
おぼろの物質が
夜をこめて沁みとおつてゆく、
または落ちてゆく、
岩盤のスキマのような所。
砂地のような層。
それとも
空に似た器の中か、
とにかくまるみを帯びた
地球のような
雫のような
物の間をくぐりぬけて
隣りの人に語ろうにも声がとどかぬ
もどかしい場所まで
一個の物質となつて落ちてゆく。
おちてゆく
その
そこの
そこのところへ。
石垣りん