もうひとつの時間

先日のリハーサルで、ふと、ちょっと待って
という仕草をして、腕時計を外したマエストロ。

「大切なことだから、ひとつ言っておきたいのだけれど、
(腕時計をさしながら)コレは、音楽をするときは
忘れてください。私たちは労働するために、待ち合わせを
するために、コレを作った。私たち人間が作ったものです。
でも、本当はこんなものは存在しないといってもよい。
大昔、人は空を見て、時を感じていた。太陽や月が
のぼったりおりたりするのを見て感じて生きていたのです。
音楽をするときは、その感覚を忘れてはいけない。
音楽はいつも息づいていて、揺れ動き、変化しています。
決して時計のように同じ時は刻まず、今日生きる自分と
明日生きる自分が違うように、今日と明日では、同じ演奏は
できるはずがない。常にいつも変化し続けています。」

この話を聞きながら、わたしの頭は、
天井も屋根も建物も突き抜けて、
雲の上にある、月や太陽、宇宙のことを思った。
そのなかで生きる人間のこと、ひとりひとりに流れている時間。
時をのびちぢみさせることのできる音楽。

本当に時間というのは不思議なもの。

もうひとつの時間。

写真家の星野道夫さんの言葉を思いだす。

「僕たちが毎日を生きている瞬間、もうひとつの時間が、
確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、
心の片隅にそのことを意識できるかどうか、
それは、天と地の差ほど大きい」

この方の言葉は、いつもわたしの心に
透き通った静けさをもたらす。

わたしも、「もうひとつの時間」をいつも
心の片隅に置いておこう。

今日の言葉*

「いつに日か自分の肉体が滅びた時、私もまた、
好きだった場所で土に帰りたいと思う。
ツンドラの植物にわずかな養分を与え、
極北の小さな花を咲かせ、毎年春になれば、
カリブーの足音が遠い彼方から聞こえてくる。
そんなことを、私は時々考えることがある。」

「人と出会い、その人間を好きになればなるほど、
風景を広がりと深さをもってきます。
やはり世界は無限の広がりを内包していると思いたいものです。」

星野道夫


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