「文化芸術は、余裕のあるときにゆるされる贅沢ではなく、今こうしてさまざまな形で公演を中止、自粛しなければならない状況になってはじめて、それが我々にとって、どれだけ大切で必要なものか恋しいかということに気づかされます。」
ドイツ文化大臣 グラッターさん
“Wir erkennen in dieser Situation aber auch: Kultur ist nicht ein Luxus, den man sich in guten Zeiten gönnt, sondern wir sehen jetzt, wie sehr sie uns fehlt, wenn wir für eine gewisse Zeit auf sie verzichten müssen“
es fehlt sich というのは、誰々にとって、欠けている、不足しているという意味。英語のlackが近い。「なくてはならないもの」と訳した方がよかったかな。この私たちにあいた穴のようなもの、欠乏感を共に感じてくれる文化大臣が、この世界にいるということだけでも救われるなぁ。涙。。
日本政府のやり方は、この私たちにあいた穴や傷を、ただひっかき回して放置するだけ… なんだろうこの違いは…。グラッターさんは、フリーランスで活動するアーティストも含めて、様々な形で、全面的に支援することを述べ、「あなたたちを見捨てはしません!(Ich lasse sie nicht im Stich!)」と加えている。泣ける。
文化芸術というものが、いかに壊されやすいものか、そして、いかに人間にとって大切で、それを皆で守って支えていかなければならないかを、ひしひしと感じている。
それと共に、登山ではないけれど、山は逃げていかないように「音楽は逃げてはいかない」とも、昔から感じている。どんなときも音楽はそばにいてくれる。それがどれだけ素晴らしいか。どれだけ心をやさしく灯してくれるか。音楽は素晴らしいなぁ。わたしの師匠は、「素晴らしい演奏家は決して利己的(egoistisch)ではない。個人的(persönlich)なんだ」と話していた。個人的であること。人前で演奏する機会がない今、自分のために、ひとりごとのように、鼻歌のように、ただただ純粋に音楽を味わう時間を紡いでいくことも大切なのではないだろうか。それがまたいつか大きな織物になるのではないだろうか。
今日の言葉*
われらに要るものは
銀河を包む透明な意志
巨きな力と熱である
(宮澤賢治)