三昧

坂道をのぼりおりして
暑すぎて、とけそうで、
喫茶店に入った。

かき氷。
ジンジャーシロップ。

すっきりとしていて、
すごく好みだった。

かき氷を食べ終わるころには
唇が青くなるほど、芯から冷えた。

最近、自分の人生で、
何を大切にしていこうか
何を大切にいくべきなのか、
すこし迷っている。

45歳。

完全に折り返し地点である。
いやもう折り返してすこし
進んだかもしれない。

あと10年すれば55歳。
あと20年すれば65歳。
あと何年生きることが
できるのだろう。

今はまだ子どもが小さいから
かかりきりになっているけれど
子どもたちも手を離れてゆくのだろう。

そのときに、何が残っているだろう。
何を残していきたいだろう。
自分には何ができるだろう。

誰しもが寿命があり、
生きては死んでゆく。

いろいろ迷うことはあるけれど、
子どもたちに、少しでも
明るい未来を残していきたいな
いう思いは、変わらない。
年々強くなる。

安田登先生の「三流のすすめ」

昔はすごく本を読んでいたのに
最近全く読めていない

時間的にとれないのもあるけれど、
ひとつのことば、行、ひとつの章で、
自分の考えや妄想が広がりすぎて
読んでいる内容から離れてしまう。

歳をとってきて、より頭が
離散的になっている気がする。

何度も読み終われない一冊だが
少し読み進めた。

そして、そのことばに救われる。

「三昧」になること。
「没入」すること。

「没入は集中とはちがう」
「全身、全心がそのものに入り切る」

村上淳一郎さんはこの力がものすごい。
となりで弾いていて、音楽そのものに
なっていたのをひしひしと感じた。

あぁ、少しでも近づきたい。
我を忘れるほど。

先のことを考えるのではなく
今に没入することなのかもしれない。
そこから道がひらけてゆくのかもしれない。

今日の音楽*

今日の言葉*

「没入は集中とは違います。目の前にあることに自分自身が没入してしまうと、そこには『集中するぞ』と客観的に見ている自分はいません。全身、全心が入り切っているのです(全霊が入るほどではない)」

安田登「三流のすすめ」


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